天正13年(1585年)
が更新箇所です。    
正月14日  山岡景隆、死去。享年60歳。
3月22日  羽柴秀吉、千石堀城を落とす。
3月23日  羽柴秀吉、僧兵3万を養う根来寺を焼討ち。
3月24日  羽柴秀吉、紀ノ川を堰きとめ、太田城の水攻めを開始。
3月の
出来事
 羽柴秀吉、紀州平定戦を開始する。
4月16日  丹羽長秀、羽柴秀吉の天下取りにうまく利用されていたことに腹を立て、さらには持病が悪化したため切腹。去年51歳
4月24日  羽柴秀吉に水攻めされていた太田城、開城する。
6月17日  羽柴秀吉の名代として、羽柴秀長が軍勢を率いて、海を渡って淡路洲本に到着。
6月の
出来事
 羽柴秀吉、四国の長宗我部家討伐の号令を発する。
7月11日  羽柴秀吉、近衛前久の養子になり、近衛の本姓藤原を名乗り、従一位関白の宣下を受ける。これにより、藤原秀吉となる。
7月末  羽柴秀長、長宗我部家を降伏させる。
閏8月16日  藤原秀吉の命により、大和郡山城主筒井定次が伊賀上野城主に転封。大和郡山城主には羽柴秀長が就く。
9月3日  藤原秀吉・秀長兄弟、大和郡山城に入城する。
11月の
出来事
 徳川家の重臣石川数正が藤原秀吉の元へ出奔する。それに伴い刈谷城主水野忠重、松本城主小笠原貞慶らも徳川家から藤原家へ出奔する。
12月10日  藤原秀吉の養子羽柴秀勝が亀山城で病没する。遺領は小吉秀勝が継ぐ。