慶長19年(1614年)
が更新箇所です。      
1月15日  村越直吉、死去。享年53歳。
1月19日  大久保忠隣が謀叛を起こしたとして改易処分を受ける。
5月26日  松浦鎮信、死去。享年66歳。
6月28日  方広寺で新鐘をかけてつきぞめ式を行う 
7月3日  豊臣家の家老片桐且元が大仏開眼供養を8月3日行うことを決める。
7月17日  織田老犬斎、病没。享年72歳
7月29日  徳川家康、法広寺の鐘銘文が不吉なことを理由に開眼供養を中止するように命じる。
8月13日  片桐且元、鐘銘文の起草者である東福寺の清韓長老を連れて大坂を発つ。
8月17日  片桐且元、鞠子(駿府国)の徳願寺に着き、駿府城の徳川家康に謁見を申し入れるも断られる。
8月19日  片桐且元、徳川家康の代りに本多正純に上意を申し渡される。
9月14日  池田長吉、死去。享年45歳。
10月11日  徳川家康、片桐且元が身の危険を感じて、大坂城を退去したことを且元の書状により知ると、大坂城に向けて出陣。
10月23日  徳川秀忠、父家康に続き、大坂城に向けて江戸城を出陣する。
 徳川家康、京都二条城に到着する。
11月6日  大野治胤、天王寺を焼き、住吉に陣取る藤堂軍の攪乱を謀るも、失敗する。
11月15日  徳川家康、二条城を出発。
 徳川秀忠、伏見城を出発。
11月19日  生塊口門を藤堂軍が攻める。
12月4日  徳川家康、茶臼山に陣を構える。
 徳川秀忠、岡山に陣を構える。
12月17日  徳川家康の本陣、茶臼山に停戦を命じる勅使が訪れる。
12月20日  大坂城の使者、常高院(淀殿の妹)、徳川方の使者本多正純と阿茶局が茶臼山の本陣で対面し、講和の誓詞を交わす。
12月28日  徳川家に養われていた今川氏真、死去。享年77歳。
12月の
出来事
 近衛家の当主近衛信尹死去。享年50歳。後水尾天皇のすぐ下の弟が信尋と名乗って信伊の養子となり、後を継ぐ。
この年の
出来事
 越中国高岡城主前田利長、死去する。
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