亀崎水軍の拠点
亀崎城
1.所在地
愛知県半田市亀崎2丁目
2.城の種別
平山城
3.築城者
水野信元
4.築城年
1543年(天文12年)
5.遺構
土塁
6.簡単な沿革
 1543年(天文12年)、5月勢力を尾張国知多の南へと伸ばしつつあった水野信元は、この地に亀崎城を築城し、稲生政勝を入れた。政勝は亀崎水軍を率いて水野信元の下で活躍した。
 1560年(永禄3年)桶狭間の戦いにより織田信長が今川義元を破ると、松平家は独立し、稲生政勝の子政清は松平元康(後の徳川家康)の家臣として、活躍する。伊豆三崎で船奉行、晩年は駿河に赴き家康のよき話相手として仕えた。
 その後、亀崎城は政清の子の猪右衛門重政が継ぐが、城を一族の弥太郎重房に譲り、師崎の千賀氏に招かれ母とともに師崎に移る。重政率いる亀崎水軍は大坂冬の陣で大活躍する。奪取した船は二十一隻にあがり、中でも大坂丸を捕獲する大手柄をたて稲生の名は天下に轟く。子孫は代々尾張藩に仕え名古屋城三ノ丸に屋敷を構えた。
7.歴代城主
年代 歴代城主
1543年(天文12年)
〜不明
稲生政勝
稲生政清
稲生重政
 1543年(天文12年)5月、水野信元により築かれ、稲生政勝が入る。
 1614年(慶長19年)、大坂冬の陣では稲生重政が大坂丸を捕獲するなどの活躍を果たす。
 
 その後、子孫は代々尾張藩名古屋城三の丸に屋敷を構え、明治維新を迎える。
8.ご案内
見所  神前神社の裏山にあり、現在亀崎県社児童公園となっている。 この公園の東南隅に「亀崎城趾」の石碑がひっそりと建っている。土塁を僅かに残す程度で、建築物はない。
入城料 無料
開城時間
休城日 なし
アクセス 鉄道 JR武豊線亀崎駅〜徒歩約15分
知多半島道路東浦知多IC〜県道46号線
地図
9.感想
平成17年5月3日(火) 晴れ
 亀崎潮干祭を見に行くと、地元の人がこの辺に城跡があるということを教えてくれて連れていってもらった。城跡の石碑は神社の裏山にあり、隅の方へひっそりと建っていた。周りには城の歴史を語る説明文を見つけることができなかった。次回行った際にはもう少し歩いてみていろいろ探してみたい。
 遺構としては、土塁・石垣(城の石垣かどうかは不明)をみることができた。