年代 歴代城主
1575年(天正3年)
〜1583年(天正11年)
柴田勝家  1575年(天正3年)織田信長の命により越前国支配の拠点として、築城。
 1578年(天正6年)城郭を修理拡張し、9層の天守を設ける。
 1581年(天正9年)宣教師ルイス・フロイスが来城。
 1583年(天正11年)賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉に大敗。北庄城も追撃軍に包囲され、勝家・お市の方が自刃。落城。
1601年(慶長6年)
〜1624年(寛永元年)
結城秀康  関ヶ原の戦いの後、結城秀康が越前国に入封。従来の城地の少し北側に、新城を築き始める。
1624年(寛永元年)に松平忠昌が福居城と改名。のちに福井城とする。

 1575年(天正3年)、一向一揆を平定した織田信長は、越前国を重臣に分割。現在の福井市中心部の北庄49万石を柴田勝家に与えた。勝家は足羽川沿いに居城を定め、9層の天守をもつ壮大な北庄城を築き、商人・職人を招い城下町の整備にあたった。
 信長の死後、1585年(天正11年)勝家は賤ヶ岳の戦いで羽柴秀吉に敗れ、北庄城でお市の方とともに自刃。関ヶ原の戦いの後、初代藩主として入封した結城秀康が旧北庄城本丸の北側に新城を築いた。

7.歴代城主
柴田勝家終焉の地
見所  現在は市街地にひっそりと佇む柴田神社となっている。あまりの規模の小ささに車で通るとうっかり通り過ぎてしまうほどだ。しかし、柴田神社に入ると真っ先に勝家公が鬼の形相で迎えてくれる。北庄城の遺構は石垣が少し残っているだけで、往時を偲ぶものはほとんどない。
入城料
開城時間
休城日
アクセス 鉄道 JR北陸本線福井駅から徒歩5分
北陸自動車道福井IC〜国道158号線沿
地図
8.ご案内
北庄城
6.簡単な沿革
3.築城者

柴田勝家

2.城の種別

平城

福井県福井市中央1丁目

1.所在地
北庄城跡の柴田神社に佇む柴田勝家公像

 丸岡城をみて、まだ時間があったので、柴田神社となっている北庄城へ行った。ここは柴田勝家の居城でもあり、最後の地でもある。勝家像が城の紹介で必ず掲載されるので、是非行ってみたいと前々から思っていた。
 目的地まで車で行ったが、うっかりすると通り過ぎてしまうようなところに建っていた。駐車場はなかったが、神社の前に2台程止められるように路肩にスペースがあったので、そこに少しの間車を止めて急いで中を見た。中は神社と公園になっており、整備されてきれいになっていた。柴田勝家の像も目の前にあり、威圧感があった。北庄城時代を伝えるのはほとんどなかったが、地下に北庄城時代の石垣があったので、それをみることができて少しでも北庄城時代を垣間見ることができる。その石垣がなければ、このようなところに高層天守を備えた城があったとは思えない限りである。

9.感想
5.遺構

石垣

4.築城年

1575年(天正3年)

平成21年6月27日 土曜日 晴れ