平成13年11月11日(日曜日)晴れ
仕事で大阪にいる間に大坂城へ是非とも訪れたいと考えていた。しかし、今回の訪問は突然だったので、スタンプ帳を用意していなかったので、天守へは上がらなかった。そこで今回の目的は天守としては天守の裏側にあたる山王丸および極楽橋、秀頼と淀殿の終焉と地される石碑を見つけることとした。カメラもなく非常に苦労したが、目的はなんとか達成することはでき、豊臣秀吉像を見つけるというオマケつきで意外に大収穫だった。
平成20年9月28日(日曜日)曇り
大阪城へは、小さい頃に行ったことが一度あるらしいが、そんな昔の記憶はないので、事実上今回が初めての登城になる。今回は車で大阪まで行ったが、大阪の道は幅の広い道でも車線を自転車が平気で走っているので驚きました。w(゜o゜)w
オォー
さて、大阪城についてですが、大阪城に行くまでは天守閣しかない城とばかり思っておりました。なぜなら、大阪夏の陣で落城しているし、徳川氏が再建したといっても徳川氏が豊臣氏を滅亡させたのだから、そんなたいした城は城は再建しないだろうと決め込んでいました。それに今ある城は徳川時代の城を再建したというのだから、なお大した城ではないと思っておりました。(大阪市民の人ごめんなさいm(__)mペコ)では、なぜ、行こうかと思ったのは豊臣時代の石垣が一般公開されていたからです。
しかし、行ってみると大阪城は天守閣の周りの堀もあり、天守閣に登るまで門をいくつかくぐったり、桝形を数個通過したり、天守閣にいくまで結構歩いたりと思ったより戦国の雰囲気が味わえてよかったと思いました。しかし、期待していた石垣はボーリングされた穴を上から見るだけという少し、残念な結果でした。(横から近くで見れて、さわったりできるのかな〜と思っていただけに・・・)
天守閣は8階まであり、登るのに結構疲れました。8階にたどり着いたときはウッスラと汗をかいておりました。しかし、その分眺めはよかったです。しかし、不覚にも淀殿、秀頼殿の自刃跡を見落としてしまっていたのでまだ、行きたいと思っています。
1496年(明応5年)の秋、浄土真宗の蓮如上人(れんにょしょうにん)が今の大阪城付近に一軒の坊舎を営んだ。この坊舎はやがて石山本願寺と呼ばれる大寺院に成長し、戦国の世にあっておおいに勢力をふるったが、10年にわたる織田信長の攻勢に耐えかねて、ついに陥落した。
その後、本能寺の変により織田信長が死去すると、その後をを継いだ豊臣秀吉によりこの地に大規模な築城工事を行い、難攻不落の城、天下の名城と言われる城を完成させた。しかし、この城も秀吉の死後、1614年(慶長19年)の大阪冬の陣の後、徳川家康により外堀を埋められてしまい、裸城にされてしまった大阪城は翌年1615年(元和:げんな元年)の大阪夏の陣で落城してしまい、大天守はもちらん、その他の建造物すべてが焼失してしまった。
夏の陣の後、大阪は一時松平忠明の所領となったが、将軍秀忠はまもなく大阪を直轄地にして1620年(元和6年)から大阪城の大規模な修築工事を行った。この工事は10年の歳月を経て1629年(寛永6年)に完成した。(現在の城跡はこの徳川時代によるもの)その後、大天守の焼失(1655年)を始めとしていくつかの被害にあったが、おおむね創建当初の姿を保って幕末に至った。
しかし、明治維新に際しては多くの建造物を焼失した。しかし、1931年(昭和6年)に現在の天守閣が再建されたが、太平洋戦争の戦火により、幸い天守閣は焼失を免れたが、その他の多くの古建造物は焼失してしまった。
7.天守閣の構造
鉄筋コンクリート造り5層8階(昭和6年再建)
8.簡単な沿革
6.遺構
徳川時代の城跡(特別史跡)
大手門 ・ 多聞櫓 ・ 千貫櫓 ・ 焔硝石蔵 ・
金蔵等の古建造物13棟(以上重要文化財)
3.城の種別
平城
4.築城者
豊臣秀吉
5.築城年
1.別名
錦城(きんじょう)
金城
1583年(天正11年)
| 年代 |
歴代城主 |
|
1583年(天正11年)
〜1598年(慶長3年) |
豊臣秀吉 |
1583年(天正11年)豊臣秀吉、大坂に入り、築城工事を起こす。
1585年(天正13年)本丸の石垣・堀・5層8階の天守完成。 |
1599年(慶長4年)
〜1615年(元和1年) |
豊臣秀頼 |
1599年(慶長4年)豊臣秀頼、伏見城より入城。
1614年(慶長19年)大坂冬の陣の講和条件により、
堀を埋められる。
1615年(元和1年)大坂夏の陣により、大坂城落城。豊臣氏滅亡。 |
1615年(元和1年)
〜1619年(元和5年) |
松平忠明 |
|
1619年(元和5年)
〜1629年(寛永9年) |
内藤信正 |
1619年(元和5年)松平忠明、大和郡山へ転封。
幕府、大坂を直轄地とし城代を置く。
1620年(元和6年)幕府再築故事開始。
1629年(寛永6年)天守や本丸等の築城工事完成。
以後、阿部氏、青山氏、戸田氏、松平氏、牧野氏と城主が代り、明治を迎える。 |
2.所在地
大阪府大阪市中央区大阪城1−1
桜門から入って、南側から撮った天守閣
9.歴代城主
| 見所 |
現存する古建造物の13件(全て重要文化財:二の丸大手口の多聞櫓、本丸桜門、二の丸六番櫓、焔硝櫓等)。
城内各地に見られる、石垣に使われている巨石(蛸石、肥後石等)。
近代工法で再建された天守閣。
その他、かなり縮小はされているが、往時を偲ぶことができるには十分の広さの城郭。是非とも、天守閣に上がるまでに堀の深さ、石垣の高さ、威圧感溢れる巨石などを肌で感じながら、城内を探索して頂きたい。 |
| 入城料 |
大人 |
600円 |
| 小人(中学生以下) |
無料 |
| 開城時間 |
午前9時〜午後5時まで(観覧券発売時間は4時30分まで)
(夏季には、午後8時まで開館しています。) |
| 休城日 |
12月28日〜翌年1月1日まで |
| アクセス |
JR |
(環状線)大阪城公園駅から徒歩15分
(環状線)森ノ宮駅から徒歩15分 |
| 水上バス |
大阪城港 |
| 地下鉄 |
(谷町線)天満橋、谷町4丁目から徒歩15分
(中央線)森ノ宮、谷町4丁目から徒歩15分 |
| 市バス |
大手前、馬場町 |
| 京阪 |
天満橋 |
| 自動車 |
阪神高速13号東大阪線「森ノ宮」「法円坂」
大手前駐車場(200台収容)・森ノ宮駐車場(103台収容) |
| 地図 |
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