ここに初めて城を築いたのは結城親朝で、14世紀半ばの興国、正平の頃だと言われている。なお、当時は小峰城と呼ばれていた。
のち、戦国時代にはいると、1590年(天正18年) 城主の白河結城氏が豊臣秀吉の奥州仕置により改易されると、その後、この地は会津領となり、蒲生氏、続いて上杉氏、再度、蒲生氏が支配した。
1627年(寛永4年) 丹羽長重が10万石で棚倉城から移封され、このとき初めて、会津から離れて白河藩となった。長重は幕命により、1629年(寛永6年)より城郭の大改築に着手、4年の歳月を費やして石垣や水堀を増やして城の規模を拡大した。

| 年代 | 歴代城主 | |
| 14世紀半ば 興国、正平年間頃 |
結城親朝 | 14世紀半ば(興国、正平年間)頃、結城親朝によりこの地に初めて城が築かれる。 |
| 1590年(天正18年) | 豊臣秀吉の奥州仕置きにより、白河結城氏が改易されこの地は会津領に属することとなる。 | |
| 1627年(寛永4年) | 丹羽長重 | 棚倉城より移封された丹羽長重が幕命により4年の歳月をかけて、大改築に着手。 |
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その後、丹羽氏は移封され、榊原氏、本多氏、奥平松平氏、越前松平氏(3代)、久松松平氏(4代)、阿部氏(8代)と続き、幕末を迎える。戊辰戦争では奥羽越列藩同盟と新政府軍との約100日に及ぶ白河口の戦いにおいて、白河小峰城は激しい攻防の舞台となり、1868年(慶応4)5月1日、大半を焼失して落城した。 |
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平山城
結城親朝
興国・正平年間

福島県-山形県の旅行の2日目です。この日は前日に比べて急な冷え込みでとても寒かったです。城内は御三重櫓と門が復元されていた。櫓は戊辰戦争時の弾丸痕が残る杉の木を利用した完全木造による再建で見応えがある。幕末時に受けた銃弾の痕が柱で確認することができるので、非常に良い復元の仕方だと感心した。櫓の中は何もなく、しかもこじんまりとしているが、シンプルイズベストで良い城跡である。石垣、堀も残っており、しかも櫓跡などあるので、三重櫓と同様に復元されることが非常に楽しみである。
石垣、水堀、復元三重櫓・櫓門

福島県白河市郭内
小峰城