南海の鎮
1.別名
2.所在地
3.城の種別
4.築城者
5.築城年
虎伏(とらふす)城 竹垣(たけがき)城
和歌山県和歌山市1番丁3番地
平山城
羽柴秀長
1585年(天正13年)
和歌山城
8.簡単な沿革
 1585年(天正13年)羽柴秀長によって創築されたが、1619年(元和5年)徳川家康の10男頼宣(よりのぶ)が入封して城郭の大改修を行い、明治維新までの250年間徳川御三家の居城としての偉容を誇り、その天守の華麗な姿は維新後においても国宝に指定されていたが、1945年(昭和20年)戦災により焼失した。
 現在の天守は1958年(昭和33年)に再建されたものであるが、内堀や城郭をめぐらす石垣は400年の歴史をそのまま伝えている。
9.歴代城主
年代 歴代城主
1585年(天正13年)
〜1586年(天正14年)
羽柴秀長  1585年(天正13年)羽柴秀吉が秀長に紀伊国・和泉国を領有させる。
 秀吉が秀長に命じて和歌山城の築城を始める。藤堂高虎、羽田正規、一庵法印が普請奉行となる。
1586年(天正14年)
〜1600年(慶長5年)
桑山重晴  1586年(天正14年)秀長には大和郡山城があったので、城代として桑山重晴を入れる。
1600年(慶長5年)
〜1613年(慶長18年)
浅野幸長  1600年(慶長5年)関ヶ原の戦いの軍功により、甲斐国府中より37万石をもって浅野幸長が入封し、内堀、石垣の改修を行う。
1613年(慶長18年)
〜1619年(元和5年)
浅野長晟  1613年(慶長18年)、幸長が死去したため、幸長の弟長晟が世襲し城主となる。
 1614年(慶長19年)大坂冬の陣に出陣中、厳しい検地に対して、熊野の土豪による北山一揆が起る。帰国後、鎮圧。
1619年(元和5年)〜 徳川家  1619年(元和5年)徳川家康の10男頼宣が駿河国駿府より入封し、頼宣が紀伊徳川家の初代藩主となり、以後明治維新を迎えるまで紀伊徳川家として城主を歴任する。その中に有名な8代将軍吉宗を紀伊徳川家は輩出している。
10.ご案内
見所  天守曲輪を外から見るのももちろん良いが、大天守の最上階から天守曲輪の構成を見ると、この城が西国への備えということが再認識できる。また、外から見る天守曲輪で穴場的な所は本丸御殿跡から見る天守曲輪だ。ここから見る天守曲輪は近くから天守曲輪全体をみることができるので是非とも見ておきたい。最後に岡口門をくぐると目の前に広がる高石垣である。この石垣は外部から侵入するものを威圧するには十分過ぎるほど存在感のあるものだ。
入城料 大人(高校生含) 350円
小人 170円
開城時間 3月〜11月 午前9:00〜午後5:00(入城は4:30まで)
12月〜2月 午前9:00〜午後4:30(入城は4:00まで)
休城日 12月29日〜12月31日
アクセス 鉄道  一の橋まで、JR阪和線・紀伊本線・和歌山線和歌山駅から和歌山バス(2番のりば)10分
 または南海本線和歌山市駅から同バス(10番のりば)10分の「公園前」下車すぐ
 阪和自動車道〜国道24号線
地図
本丸御殿跡より大天守・小天守
6.遺構
岡口門(重要文化財)・石垣・堀
7.天守閣の構造
鉄筋コンクリート造3層3階・連立式天守(昭和33年10月再建)
11.感想
平成15年11月22日(土) 晴れ
 和歌山県は行ったことのない県の一つだったので、胸を期待いっぱいに膨らませてどこに行くかを考えた。そして、結論は和歌山県と言えば、和歌山城であろうという短絡的な思いから、この城に行くことになった。カーナビを使っていってみると、和歌山城は大阪よりだということがわかったので、帰りは大阪に寄ろうと思ったが、バタバタして城を堪能できないと思い、行く事を断念した。
 さて、和歌山城というと、御三家の一つで八代将軍徳川吉宗を輩出した藩であること以外、よくわからなく、再建天守だから、それほどたいしたこともないであろうと思っていたが、現地に到着すると平山城で城郭も意外に残っており、驚き、感動に浸ることができた。天守はというと、やはり鉄筋コンクリートの再建天守であったが、天守を構成する郭には今まで見たことがない造りで、櫓を多聞櫓で連結し、城門を閉じると外部から侵入できない造りになっている。さすが、西国に備えた最前線基地ということもあり実戦向きに造られていることが窺い知ることができた。これに似ているのが姫路城と思うが、姫路城とは違う要塞という雰囲気を色濃く残している城と思う。そんな和歌山城の天守は間近で見上げるのも良いが、本丸跡(現在は給水場)から見るのが一番美しく見えると思う。しかし、給水場には少し階段を登っていったところにあるのだが、門が閉じていて中に入ることはできないので、階段をあがった門の前から見ることになる。あと、一言この給水場には烏がたくさんおり、何とも不気味なところなので注意する必要がある。再建されている門が多い中、岡口門は国の重要文化財に指定されているだけあり、無骨さを感じることができる。さらに岡口門付近に来たら、見逃してはいけないのが岡中門跡近くにある高石垣である。伊賀上野城までとはいかないが、なかなか立派なものである。高石垣と言えば不明門跡の出入口にも高石垣がある。駐車場の出口にあるため、ついつい見逃しがちであるため、注意が必要。他には二の丸、南の丸、西の丸、砂の丸などがあるが、すべて庭園、広場果ては、動物園になっており、見る影もない状態である。
 最後に和歌山県は物価が安いということが、気になったが、そう感じるのは私だけだったのであろうか。