| 歴代城主 | 在任期間 | 主な出来事 | |
| 1505年(永正2年)豊川の一色城主牧野古白により築かれたことが始まりとされている。当時は吉田城ではなく、今橋城と呼ばれていた。その後田原の戸田氏との争奪戦を繰り広げ、1522年(大永2年)古白の遺子、牧野成三、信成が戸田氏から奪い返し、この頃今橋が吉田と改名された。 | |||
| 小原鎮実 | 1546年(天文15年) ~1564年(永禄7年) |
1546年(天文15年) | 今川義元が攻略し、城代として小原鎮実をおく |
| 1560年(永禄3年) | 今川義元が桶狭間の合戦により、織田信長に敗れ、敗死する。 | ||
| 酒井忠次 | 1564年(永禄7年) ~1590年(天正18年) |
1564年(永禄7年) | 当主今川義元を失い、混乱している今川家を東三河から一掃すべく徳川家康が攻略する。徳川家康は酒井忠次を城代としておく。 |
| 1571年(元亀2年) | 武田信玄が西上途上で攻めかかるも、容易に落とせないと判断し、武田軍は撤退している。 | ||
| 1575年(天正3年) | 武田勝頼が再度吉田城に攻めかかるも、酒井忠次の指揮の元、見事守り抜いている。 | ||
| 池田輝政 | 1590年(天正18年) ~1601年(慶長6年) |
1590年(天正18年) | 小田原合戦後、徳川家康の関東移封に伴い、池田輝政が新しく城主となる。 |
| 関ケ原の戦いの翌年1601年(慶長6年)池田輝政は姫路へ移封となり、その後松平氏、水野氏、小笠原氏、久世氏、牧野氏、松平氏を平て明治時代を迎える。 | |||
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| 堀跡 | 曲輪跡(本丸内) |