天文15年 1546年 (0歳)
11月29日  黒田職隆(もとたか)の子として、この世に生を受ける。
天文22年 1553年 (8歳)
 浄土宗の僧円満の手習いを受ける。
永禄6年 1563年 (18歳)
 初陣を飾る。
永禄11年 1568年 (23歳)
 嫡子松寿丸(後の長政)をもうける。
天正5年 1577年 (32歳)
 織田信長の中国攻めの総大将羽柴秀吉を姫路城に入れる。
天正6年 1578年 (33歳)
10月  信長に謀反を起こした摂津国有岡城主荒木村重に単身説得をしに、乗り込むも捕らえられ、牢屋に入れられる。 
天正7年 1579年 (34歳)
 信長によって攻め落とされた有岡城から、官兵衛は救出された。実に1年間幽閉生活を余儀なくされた。このときの幽閉生活で官兵衛は身体が不自由になってしまった。
文禄3年 1594年 (49歳)
 先年朝鮮の陣(文禄の役)の折、石田三成ら三奉行らに不遜な態度をとったため、それを三奉行が秀吉に密告したため、秀吉の怒りを買う。謝罪の意で隠居を奏上して如水と号する。
慶長9年 1605年 (60歳)
3月20日  享年60歳にて、病没する。
黒田官兵衛、関係年表