1572年 元亀2年 (0歳)
 宇喜多直家の子として、備前国岡山城に生まれる。幼名は八郎。
1580年 天正8年 (9歳)
 質子として姫路城の羽柴秀吉のもとに送られる。
1581年 天正9年 (10歳)
 父、直家が病没。翌年羽柴秀吉の後見を得て、備前国、美作国を相続。
1582年 天正10年 (11歳)
6月2日  本能寺の変。明智光秀が織田信長を襲殺。
1585年 天正13年 (14歳)
 元服を果たす。四国征伐の秀吉軍に従って讃岐国に渡り、初陣を飾る。
1587年 天正15年 (16歳)
 前田利家の4女豪姫と結婚。秀吉から一字を与えられて、秀家と名乗る。秀吉の九州征伐に従軍、日向国において島津勢と戦う。
1592年 文禄元年 (21歳)
 文禄の役において、第八軍を率いて渡海、京畿道を制圧する。
1595年 文禄4年 (24歳)
 豊臣秀吉の指示のもと、岡山城の修築にとりかかり、2年後に完成。
1597年 慶長2年 (26歳)
 慶長の役において、民将:楊元が守る南原城を落とす。
1598年 慶長3年 (27歳)
8月17日  豊臣秀吉、死去。 
1600年 慶長5年 (29歳)
 関ヶ原の戦いにおいて、西軍として参戦するも敗れる。その後薩摩国に逃れる。
1603年 慶長8年 (32歳)
 島津家久が徳川家康と会見し、秀家の助命を乞い、許される。
1606年 慶長11年 (35歳)
 息子:孫九郎、小平次とともに八丈島に流罪となる。
1655年 明暦元年 (84歳)
 配流先八丈島で没す。享年84歳。関ヶ原の戦い参戦武将の中で最高齢。
宇喜多秀家、関係年表