1.天守閣
2.織田信長居館
3.家臣団武家屋敷地域
4.板垣退助遭難地
1.天守閣

 標高329メートルの金華山の頂上にある岐阜城は城郭としては全国でも有数の高さを誇る。
そのため、普段は山麓にある居館で過ごし、いざ、戦時になったというときに限り、この天守閣に登り、籠城兵を指揮したと言われている。
 岐阜城の建物は1601年(慶長6年)に奥平信昌が加納城に移築したことから、残っていない。
1956年(昭和31年)に山頂に天守閣が再建されている。
 

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2.織田信長居館跡

 現在は岐阜公園になっているが、かつては豪華絢爛たる4階建の居館があったという。その豪壮さは宣教師ルイス=フロイスが絶賛している。


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4.板垣退助遭難地

 1882年(明治15年)4月6日、この地において板垣退助は刺客に襲われている。
そのときに叫んだと言われる「板垣死すとも自由は死せず」はあまりにも有名である。


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岐阜城を歩く
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はシャッターポイントです。縄張り図から今現在の岐阜城に迫ってみましょう!!
 遺構はほとんど残っておりませんが、信長居館の整備も進んでいるようです。
今後の復元活動の発展に期待しましょう!!