山内一豊が在城10年間に天守閣の建立、
城下町の整備を行い近世城郭として完成させた。
往時は東海の名城と謳われた掛川城も、
近年までは城郭御殿と太鼓櫓を残すのみだった。
しかし、1994年(平成6年)4月、
日本初の本格木造復元により、
3層4階の天守閣が再建された。
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かなり、揃っているように見えますが、まだ、攻略していないところがあるみたいです。
次回はそこら辺を重点的に見たいですなぁ。
はシャッターポイントです。縄張り図から今現在の掛川城に迫ってみましょう!!
御殿は儀式・公式対面などの
藩の公的式典の場、藩主の公邸、
藩内の政務をつかさどる役所という
3つの機能をあわせもった施設。
また、掛川城御殿は二の丸に
建てられた江戸時代後期の建物で
城郭御殿としては、京都二条城など
全国でも数ヶ所しかない貴重な建物である。
廃藩置県後は役場、学校、消防署などに転用され、1972年(昭和47年)から1975年(昭和50年)まで保存修理が実施され、1980年(昭和55年)1月26日、国の重要文化財に指定された。
内部は7棟よりなる書院造りで、部屋はそれぞれの用途に応じ、約20部屋に分かれている。
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天守閣に続いて間口12.7m、
奥行5.4m高さ11.6m楼門造りの
本格的な櫓門の形で復元された。
往時は掛川城の表玄関として活躍した。
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城の正門である大手門に建てられ城内に
出入りする者の警備ならびに監視をする役人の詰所。
1980年(昭和55年)8月
市指定有形文化財に指定された。
1995年(平成7年)大手門の復元に伴い
当時の地に移築された。
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