名古屋城のある風景
名古屋築城の際の加藤清正像

平成13年9月22日
撮影
城に入る手前で撮った天守閣右側に売店があります。

平成13年9月22日
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清正が運んできた石と言われるがこの箇所は黒田長政が担当していたことから逸話だろうと書いてありました。

平成13年9月22日
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本丸御殿跡付近で撮りました。

平成13年9月22日
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入城口の前に立ってある名古屋城の概要

平成14年3月2日
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西之丸、御深井丸の間にある入込んだ堀。これを鵜の首という。

平成14年3月2日
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同じく、鵜の首。入込んでいるのがわかるでしょ?

平成14年3月2日
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鵜の首付近から撮った天守閣。石垣がいいッス!

平成14年3月2日
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剣塀。大天守(左側)小天守(右側)の連絡通路。石垣を設けて左右両側に土塀を設けて防備してある。

平成14年3月2日
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乃木倉庫。ここに障壁画が保管されていたため、被災を免れた。

平成14年3月2日
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西北隅櫓。清洲城の天守閣の古材を多く用いているため、清洲櫓とも呼ばれている。

平成14年3月2日
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旧国宝の天守閣礎石。再建時にここに移して再現したもの。

平成14年3月2日
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塩蔵構跡。ここに多くの塩が貯蔵された。

平成14年3月2日
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東北隅櫓跡から撮った天守閣。車椅子用のエレベーターが見えます。

平成14年3月2日
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北から見た東南隅櫓。

平成14年3月2日
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埋門跡(うずみもんあと)の碑。

平成14年3月2日
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埋門跡から見た堀。

平成14年3月2日
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埋門跡。埋門とは、石垣、土塀の下をくぐる門で、城主は危急の際はここから脱出することになっていた。

平成14年3月2日
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南蛮たたき鉄砲狭間。

平成14年3月2日
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東から見た。東南隅櫓。

平成14年3月2日
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表二之門。天守閣に南から行こうとするとこの門をくぐる。

平成14年3月2日
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表二之門から見た堀にいる鹿。

平成14年3月2日
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もともとは旧二之丸にあった東二之門としてあったが、体育館設立のため、現在の位置に移築された。

平成14年3月2日
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南から少し離れて撮った西南隅櫓。

平成14年3月2日
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南から近くから撮った西南隅櫓。

平成14年3月2日
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表二之門から東門に向かっていく通路上から見た東南隅櫓

平成14年8月14日
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同じ方面から東門の方から見た斜めの角度。

平成14年8月14日
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東南隅櫓内部(1階)

平成14年8月14日
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東南隅櫓1階〜2階へ上がる幅の広い階段。

平成14年8月14日
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東南隅櫓2階〜3階へ上がる階段。階段の裏に空間がある。

平成14年8月14日
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東南隅櫓3階からみた天守閣。

平成14年8月14日
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那古野城跡の案内板。

平成14年8月14日
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那古野城跡。

平成14年8月14日
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東南隅櫓から見た桜と天守

平成21年4月5日
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名城病院よりみた名古屋城天守

平成21年4月5日
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名城病院から見た名古屋城天守拡大

平成21年4月5日
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現在の名古屋城は昭和34年に再建されたものですが、戦争により焼失するまでは国宝に指定されいた城です。そのおもかげが、櫓・門・石垣からなんとか偲ぶことができます。しかし、戦争により焼失とはなんとも惜しいことをしたものです。