この日は先日から開催されている「名古屋祭」に関連して名古屋城は無料開放されていた。その為天守の中は人で混み合っていた。最近、訪れる城はいつも人がたくさんいるので本当に城ブームが到来したんだな〜と思った。名古屋城の写真はある程度撮っているが、本丸御殿再建の前に本丸御殿跡からもう一度天守を撮っておこうと思い、撮影した。戦災で焼失した天守を再建して中は博物館になっているが、外観は美しい。本当に焼失した天守が悔やまれる。天守の中は興味がないので、一気に最上階まで上がり外の展望をみることにした。最上階には土産屋があり、ここでは特に何も購入していないな〜とおもい土産屋で物色した。スタンプ台もあり、スタンプを押した。その後は御深井丸をまわってみて正門から出て行った。本丸御殿を木造による再建を行うのであれば、天守も木造による再建をして欲しいと思う。

平成19年10月14日 日曜日 曇り
平成21年4月5日 日曜日 晴れ

 名古屋城の桜祭りへ出かけてきた。また、特別一般公開で巽櫓へ入ることもできたので、内部を見学してきた。最近の歴史ブームで巽櫓へはいるのにもすごく並んだ。いろんな人が歴史に興味を持ってくれることはいいことだが、そのために並ぶのは若干疲れる。やっとの思いで巽櫓内に入っていつもの通り天守を見た。本丸御殿ができたら見ることのできない光景を写真に収めた。他は名古屋城検定中級合格を目指して城内をくまなく歩き回った。あとは写真を撮っていないところを撮るように心掛けた。最後に名城病院のレストランより名古屋城を撮影。航空写真みたいで非常に新鮮だった。

平城
3.城の種別
2.所在地
金鯱城(きんしゃちじょう)
金鱗城(きんりんじょう)
金城
鶴が城
愛知県名古屋市中区本丸1−1
亀尾城(かめおじょう)
柳が城(りゅうがじょう)
楊柳(やなぎじょう)
蓬左城(ほうさじょう)
1.別名
鉄筋コンクリート造り木目調内装5層7階、地下1階(天守と小天守の2基結合形)
1959年(昭和34年)再建
7.天守閣の構造
重要文化財→西北、西南、東南の各櫓・表二之門・旧二之丸東二之門および障壁画
天然記念物→カヤの木
本丸御殿跡付近で撮りました。
徳川家康
4.築城者
 名古屋城は、関ヶ原の合戦後江戸幕府を開いた徳川家康が、1610年(慶長15年)江戸幕府の東海道の要所として、また、大阪方への備えとして、清須(今の清洲町)から名古屋への遷府を決定して、加藤清正、福島正則らの西国の諸大名ら20名に普請を命じ、1613年(慶長18年)にはほぼ完成させた代表的な平城。その後は明治維新まで徳川御三家の尾張徳川家の居城として栄えた。
 しかし、第二次世界大戦中、1945年(昭和20年)5月、名古屋空襲の際、西北櫓、西南櫓、東南櫓、表二之門、旧二之丸東二之門、二之丸大手二之門と本丸御殿障壁画を残し、大・小天守閣、本丸御殿はじめ建物のほとんどを焼失した。
 現在の天守閣は、1959年(昭和34年)10月に再建された。
8.簡単な沿革
見所  昭和20年、戦災により国宝に指定された天守閣は焼失。しかし、戦災を免れた西南隅櫓、東南隅櫓、西北隅櫓などの櫓と、表二之門、旧二の丸東二之門、二の丸大手二之門などの門が現存し、重要文化財に指定されている。
入城料 区分 個人 30人以上の団体 100人以上の団体
大人 500円 450円 400円
小人(中学生以下) 100円 90円 80円
開城時間 午前9時〜午後4時30分
休城日 12月29日〜31日、1月1日
アクセス 鉄道 地下鉄名城線 市役所駅より徒歩10分
国道19号より天守閣が見える。
地図
10.ご案内
年代 歴代城主
1613年(慶長18年)
〜1650年(慶安3年)
徳川義直  御三家尾張徳川家の藩祖。その後は尾張徳川家の人間が明治維新まで引き継ぐ。
9.歴代城主
名古屋城
尾張名古屋は城でもつ
 今回は名古屋城夏祭り開催期間中限定で一般公開される、東南隅櫓(辰巳櫓:重要文化財)を見学することが一番の目的だった。
 さて、辰巳櫓を見ようと意気揚揚で行ってみたものの、人数制限、時間制限があり、すぐに入れなかった。私が中に入ろうとしたのは5時半頃のことだが、配っていた整理券は6:20〜、6:40〜の部であった。それほどまでに興味がある人がいるのかと思いつつ、整理券をもらい、味気ない天守閣に行ったり、祭を楽しんだ。
 6:20ようやく、待ちに待った時間がやってきた。辰巳櫓はいつも外からしか見た事がなく、中に入ったのは初めてだったので、ドキドキ、ワクワクだった。中に入って最初に思ったことは、とても薄暗いということだった。夕方という時間帯もあると思うが、それにしても暗かった。電灯代わりにぼんぼりもあったが、それでもやはりッ暗かった。その暗さは金沢城の石川門櫓に似ている雰囲気があった。櫓内は特に目立ったところはなかったが、あえて言うなれば、天井の格子が規則正しく配列されていることに気付いたぐらいだった。さらにもうひとつ上げるならば、2階から3階に上がる階段の下に空間があり、ここは武者隠しなどに使われていたのであろうかと思った。階段と言えば、やけに横幅が広い階段と感じた。やはり平和の時代い築かれた城だkら、外敵の侵入を難しくするために犬山城等に見られる階段の幅を狭くするということはする必要がなかったのであろう。他には櫓からみた名古屋城天守閣はとてもきれいだった。特に3階から見える風景は絶景であった。
 櫓以外には探していた那古野城跡を発見できたことだ。長い間探していたので、見つけたときは感動であったが、遺構は何も残っていなかったので、がっくりきてしまった。
平成14年8月14日 水曜日 晴れ
 この日は雲が一つか二つしかぐらいないの晴れた天気で城の眺めはバツグンでした。名古屋城には今まで何度か足を運んでいたが、エレベータのある城で中は展示室になっている全く味気のない城だというのが今までの感想である。それもそのはず、戦災によって昭和20年の5月に天守閣、その他多くの物が焼失してしまっていたからです。今まではその事は知っていたのですが、戦災によって焼失するまでは国宝に指定されていたということは今回初めて知りました。その当時の写真が残されていたので見てみると、400年程昔から残っていることが机一つにしても、部屋にしても確認することができました。しかし、これらすべてがとかしてしまったのが残念でしかたありません。その当時の焼失している写真を撮った人のコメントによるとまずは赤く燃えて、黒い炎を空高く舞い上げ、次には銅が燃えて緑色の炎をふきだした時、これで一つの歴史が終わったんだと書いてありました。
平成13年9月22日 土曜日 晴れ
11.感想
 この城は行く度に戦争で焼失した城が偲ばれると、思うのは私だけだろうか・・・。今回も天守閣内に写真展示してある国宝時代の城を眺めて、国宝だった頃の名古屋城に思いを馳せていた。さて、今回は前回見逃した西北隅櫓と、那古野城址を探すことが目的だったが、那古野城址は情報不足により、見逃してしまったが、西北隅櫓は写真に収めてきた。それ以外にも、城の敷地内を探索していたら、埋門跡、南蛮たたき鉄砲狭間など、いろいろ発見できたので、よかった。全て写真に収めてきたので、興味のある方は名古屋城のある風景にて。他には、スタンプも天守閣内、売店でゲットしてきました。次回は那古野城址を発見を目標に探索したいですなぁ〜。
平成14年3月2日 土曜日 晴れ
名勝→二之丸庭園
特別史跡→外堀以内
6.遺構
1613年(慶長18年)
5.築城年