【平成17年5月5日 木曜日 晴れ】
二条城は小学生の修学旅行以来でそのときの記憶は歩くとなるうぐいす張りの床であり、その頃の城のイメージは天守であったが、天守がないことにひどくがっかりしたことを覚えている。しかし、城について少しばかり知識をつけて見に行くと、見方もずいぶん変わった。
まず、東大手門の重厚さに大変驚いた。ヘタに復元した城門とは比べ物にならないもので、これだけで、これからの二条城の探検に十分期待を感じさせてくれるものだった。東大手門をくぐり、二の丸御殿へ到達すると菊の門が大きくすごく印象的だった。御殿内は写真撮影が禁止だったので、内部をしっかり脳裏に焼き付けた。中に入っていくと昔、キュッ、キュッ鳴らしたうぐいす張りが迎えてくれる。二の丸御殿内部で印象深かったのは、大政奉還を発表した大広間一の間よりも戦国時代に興味がある私にとっては、遠侍一の間。ここで何が行なわれたかと言うと徳川家康と懐に短刀を忍ばせた加藤清正に連れてこられた豊臣秀頼が会見をした場所である。この時家康は秀頼の成長をみて豊臣家を滅ぼさなければいけないと決意した場所でもある。いずれにせよ、清正、家康、秀頼等の武将たちが目にした絵画を自分も見ていると思うと感激し、写真に収めたいと思ったが、ルールは守らなくてはいけないし、この遺産を後世に残すためにしっかり脳裏に焼きつけ、この場を去った。それから二の丸庭園を横目にみて本丸に移動した。本丸御殿は入ることができなかったので、天守台へ上がった。天守台から見る本丸御殿はまた美しかった。しかし、天守大にある休憩するためのイスには修学旅行生の落書きがたくさんあり、とても残念であった。それから清流園にある家康築城時代の天守跡へはお茶会のため入ることができず、見れずに心残りであったが、西二の丸を通り内堀を沿って二の丸を見て外へ出た。二条城の東大手門をくぐったときに係員から三脚は使ってはいけないと言われ、残念であったが1994年(平成6年)に世界文化遺産に登録されており、二の丸御殿でパンフを手にするまで知らなかったので、思いもよらない世界文化遺産を訪れることができたので、大変満足であった。 |