二条城の歴史
歴代城主 在任期間  主な出来事
徳川家康   1601年(慶長6年)
~1605年(慶長10年) 
 1601年(慶長6年) 徳川家康、二条城の築城に着手する。京都所司代に板倉勝重が就任する。
 1603年(慶長8年)  二条城完成(現在の二の丸)征夷大将軍となった徳川家康入城、拝賀の式を行なう。
徳川秀忠     1605年(慶長10年)
~1623年(元和9年)   
 1605年(慶長10年) 徳川家康隠居して大御所となる。徳川秀忠、2代将軍に就任する。
 1611年(慶長16年) 徳川家康、豊臣秀頼と二条城で会見する。
 1614年(慶長19年)  大坂冬の陣で幕府本営が置かれる(夏の陣も同様)。
2代将軍徳川秀忠の娘、和子が後水尾天皇と女御として二条城より入内する。
 1623年(元和9年)  徳川秀忠、隠居して大御所となる。徳川家光、3代将軍に就任する。
 その後、徳川家光が1626年(寛永3年)に本丸、二の丸、天守の増改築が完成し、後水尾天皇、中宮和子とともに行幸する。1634年(寛永11年)に徳川家光が上洛し二条城へ入ってからは幕末まで城番がするをまもるだけのさびしい状況が続く。その間、1750年(寛延3年)5重の天守が落雷によって焼失し、本丸も天明の市中大火災の類焼によって失われ、ともに以後再建されることはなかった。1867年(慶応2年)15代将軍徳川慶喜の大政奉還により二条城を朝廷のものとなり、ついで1884年(明治17年)離宮となり、1939年(昭和41年)京都市に下賜される。1994年(平成6年)世界文化遺産に登録される。
 
二条城の遺構
       
 石垣 水堀  天守台  二の丸唐門 
       
車寄 二の丸東大手門 二の丸北大手門 二の丸西門
       
 二の丸西南隅櫓 二の丸東南隅櫓  二の丸土蔵  二の丸鳴子門
   準備中    
 二の丸桃山門 二の丸北仕切門  二の丸南仕切門