高岡城の遺構   
築城当時の姿をほぼ残す水堀の一部紹介します。
   
本丸土橋を形成する唯一の石垣 桝形堀(奥は鍛冶丸)
   
高岡城の歴史
歴代城主 在任期間  主な出来事
前田利長 1609年(慶長14年)
~1614年(慶長19年)
 1609年(慶長14年) 3月富山城が焼失して魚津城に移った前田利長は、関野と呼ばれたこの地に築城することを決める。
4月6日徳川家康より城建設の許可をもらう
4月12日建設資材を集める木町づくりを前田利長指示。
9月13日利長、魚津城より移り、入城。この地を関野(せきの)より高岡と改名する。
1614年(慶長19年)  5月20日前田利長、死去。
10月大坂冬の陣の際には稲垣与右衛門が城を預かる。
1615年(元和元年) 4月大坂夏の陣の際には、岡島一吉が城を預かる。
1615年(元和元年)、一国一城令により廃城とされる。古材は城西の御旅屋に使用された。藩政時代は高岡古御城と称し、米蔵、塩蔵が建てられ、軍事拠点の機能を残しつつ存続。そのため、立ち入り禁止区域として藩より監守人が置かれた。
1870年(明治3年)金沢藩は高岡城跡の民間払い下げを決定。
1875年(明治5年)「高岡公園」に指定され、城郭は保護される。
2006年(平成18年)「日本100名城」に認定(富山県唯一)
2015年(平成27年)高岡城跡が国史跡に指定される。