【2013年4月28日 日曜日 快晴】
十年以上前の記憶を振り返って書いています。
日本三大山城の一つということ、奈良のお城に行ったことがないという理由から道の駅をめぐりながら高取城を目指した。
100名城スタンプの場所を探したが、下調べ足りず見つけることができず、城攻めに向かった。
登り始めて感じたのはまわりの木々の多さに城攻めというより山登りに来たのではないかというような険しい山道を上がっていく。
また、分かれ道もあり攻めあがってくる敵を誘い込む工夫もあるのではと思うような山城である。そんな思いをしながら頂上にたどり着くと今までの景色をとは打って変わって石垣群が目の前に立ちはだかる。
山城なのに土の城ではなく、石垣の城ということをここで改めて驚かされる。石垣も技術が成熟した時期に造られているので、かなり高い石垣が組まれている。当時、こんな山の上にこんなに沢山の石垣を運んだのは相当大変であったろうと思いながら、内側から上がって石垣の上に立つと素晴らしい光景が目の前に広がります。
当時建物から見える景色というのはかなり広範囲がみることができたのだろうからこの地は要衝の地であったことが判る。そのため、山城でも堅牢な石垣の城をつくり、簡単に落せない城としたのだろうと想像できる。攻城戦になっても長期戦に持ち込み後詰の城から援軍を要請して敵を上と下から挟み撃ちにするという戦略も見えてくる城です。
(記:2024年6月23日)
|