| 武将名 | 武将名(ひらがな) | 概略 | 関連ページ | |
| 千秋 季忠 | ちあき のりただ | 1560年(永禄3年)、今川氏の先鋒部隊との遭遇戦において討ち死。 | 織田家臣団 | |
| 茶々 | ちゃちゃ | =淀殿。 | ||
| 千代 | ちよ | =見性院。 | ||
| 長宗我部 元親 | ちょうそかべ もとちか | 1560年(永禄3年)家督を継ぎ、瞬く間に周辺諸国を制圧し、1583年(天正11年)に四国全域を併呑した。この功績により「土佐の出来人」の異名をとった。織田信長の没後、豊臣秀吉と対抗するも、秀吉の四国征伐に降伏し、土佐一国を安堵された。秀吉に屈服後は、九州、小田原の陣に従軍。朝鮮出兵では朝鮮に渡り各地を転戦。1599年(慶長4年)4月上洛して病み、5月19日伏見にて没した。享年61歳。 | ||
| 長宗我部 盛親 | ちょうそかべ もりちか | 元親の四男。関ヶ原合戦で西軍に属して改易され、京で寺子屋を開く。のち大坂城に入り、藤堂高虎軍を壊滅させるなど活躍したが、大坂落城後、斬首された。 | ||