| 武将名 | 武将名(ひらがな) | 概略 | 関連ページ | |
| ★ | 向井 伊兵衛 | むかい いへい | 水軍(海賊衆)。正重とも。伊勢国北畠氏の旧臣。1571年頃より武田氏に仕えた。武田氏滅亡後は徳川氏に仕える。 | 武田家臣団 |
| 村井 貞勝 | むらい さだかつ | 織田信長の臣。家臣団の中でナンバーワンの吏僚。京都所司代を務めるなど、政務を任される。しかし、本能寺の変時、二条御所にて信長の嫡男信忠と共に討死している。 | 織田家臣団 | |
| 村上 義清 | むらかみ よしきよ | 信濃国葛尾城主。武田信玄と幾度かの戦いを交え二度勝利はしたものの、最終的には敗れ、後に上杉謙信に付き川中島の戦いにも参戦したにも関わらず、双方の均衡は変わらず、義清故地還住は実現しなかった。その後、謙信に従い保護を受け、1573年(天正元年)越後国根知城で死去した。 | ||
| 村越 直吉 | むらこし なおよし | 茂吉。徳川家康の家臣。関ヶ原の戦いに際して、家康の使者として尾張国清洲に赴き、東軍諸将に家康の来着を待たないで進軍すべしとの家康の内意を伝え、また、戦勝後、小早川秀秋の家康への来謁をはかった。家康に信任され、側近の吏僚として活躍した。豊臣秀吉がその知勇を認め家臣にしようとしたが、直吉は辞した伝わる。1614年(慶長19年)正月15日死去。享年53歳。 | ||
| 村越 茂助 | むらこし もすけ | =村越直吉 | ||
| 村松 芳休 | むらまつ ほうきゅう | 武田信玄が、野田城攻めを行なっている際に、聞き惚れたと伝説が残る程の笛の名手。 | ||