| 武将名 | 武将名(ひらがな) | 概略 | 関連ページ | |
| 仁科 盛信 | にしな もりのぶ | 武田信玄の5男。1561年(永禄4年)名族仁科家に入る。信玄の没後兄勝頼を助けて信濃国高遠城主になる。1582年(天正10年)3月織田信長の甲州征伐のときに攻め落とされて討死。 | 武田家臣団 | |
| 西野 綱正 | にしの つなまさ | 徳川家康が上杉征伐に出兵した折に、大坂城西の丸の留守居役を務める。しかし、その後、入ってきた毛利輝元に追われてしまう。 | ||
| 日b | にっこう | 日蓮宗の宗。堺の豪商油屋の子として生まれる。比叡山で学び大変な高僧となる。当初極めて強硬な他宗を誹謗をする姿勢を崩さなかったが、安土宗論を契機にして、穏便な姿勢をとるようになった。 | ||
| 丹羽 長重 | にわ ながしげ | 丹羽長秀の嫡男。越前北庄120万石を継ぐが、家臣が軍律を犯したとの理由で、次第に減封された。関ヶ原合戦時は前田利長の動きを監視するも、利長との確執によりは所領を失う。大坂の陣に従軍して活躍、陸奥白河10万石を領した。 | ||
| 丹羽 長秀 | にわ ながひで | 織田信長の重臣。信長と共に各地を転戦し、浅井氏の将磯野員昌を降し、佐和山城を落とすなどの活躍をした。また、安土城の普請奉行を務めるなど内政面でも活躍した。本能寺の変後は羽柴秀吉につくも、翌年病没する。 | 詳細 織田家臣団 |
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